韓国紙セゲイルボ・コラム「説往説来」

中国の人民日報やCCTV(国営中央テレビ)、北朝鮮の労働新聞、朝鮮中央通信を知らず知らずのうちに中国プレス、北朝鮮プレスと呼ぶことは、本当に語弊がある。
いわゆる「プレス(報道機関)」の本質である表現の自由が欠如しているだけでなく、報道機関の活動の核心である権力監視、政府牽制(けんせい)機能などの不在のためだ。媒体やメディア、さもなければ性格そのまま機関紙(人民日報・労働新聞)という用語がより適合する。
政府が核推進潜水艦(核潜)の名称を原子力推進潜水艦(原潜)と変え、核推進潜水艦に再変更する過程は、失笑を禁じ得ない。韓米首脳会談(10月29日)で李在明大統領が使った核潜を、安圭伯国防部長官(国防相)が原潜に統一したと述べ(11月5日、国会国防委)、再び大統領室が核潜と最終的に整理した(14日)という。
政府が今度は、北東アジア3国の表記順序を韓中日に統一するのだという。北東アジア3国の表記は保守政権では韓日中、進歩政権では韓中日と交互に変更された。中国では中日韓、日本では日中韓と書く。正答があるのではなく、3国の相互関係の相対的な軽重、伝統的な語法などに合わせたものだ。
問題は、核潜・原潜、韓中日・韓日中の事例に見られるように、政権の用語使用法が右往左往するたびに韓国の報道機関も悩むことなくそれに合わせて変わったということだ。
政治的な意図、好みによって用語、名称を変える政権も舌打ちものだが、それなりの悩みや論理、原則もなく付和雷同する大多数の「報道機関」も自省しなければならない。政権が核潜だといえば核潜であり、原潜だといえば原潜なのか。
1945年8月6日、日本の広島に落とされた爆弾は原子爆弾なのか、核爆弾なのか。政府が決めなければ使えないのか。韓中日も清日戦争、露日戦争、中日戦争で見られるように、韓国の語法に合致する方式で、それなりの論理がなければならず、政府がそのように定めたためだとすれば、恥ずかしいことだ。
北朝鮮と米国の関係を指して言うたびに朝米でなく米朝だという一部メディアの用法自体に同意はしないが、自身の確固たる中心があるという点において軽く見ることはできない。
言語はイデオロギーであり、イデオロギーは考えを支配する。用語の使用における主体的観点の欠如が残念だ。
(11月18日付)
※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。
「セゲイルボ」






