
韓国で行われた先のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議では、開催地となった南東部・慶州の歴史的風土にも関心が集まった。慶州は紀元前1世紀から約千年もの間、朝鮮半島で栄えた新羅の都だ。世界遺産に登録された歴史地区には古墳群が点在し、訪れる人をいにしえの世界にタイムスリップさせる。郊外には国宝の多宝塔と釈迦塔がある仏国寺や岩を切り崩して板石をドーム型に組んで造った石窟庵があり、ここも欠かせない観光コースだ。
以前、慶州出身の知人男性に「いい所に住んでいましたね」と言ったら、「住んでいる時は価値が分からないもの。どうしてこんなに観光客がたくさん来るのかといつも思っていたくらいですよ」と言っていた。古都の価値は、古都に住む人間にはピンとこないというのはうなずける。筆者も出身は古都・鎌倉で、知人男性と同じようにかつては修学旅行で鎌倉に来る学生たちの多さに戸惑っていた。今にして思えば、もう少し古都の価値をかみしめておくべきだった。
新羅には3姓の王系があり、いずれの始祖説話にも倭(日本)との関連伝承が多い。都があった時代が重なる奈良とは現在、姉妹都市提携を行っている。かつて慶州は「東京」と呼ばれた時期もあった。世界遺産の一つである東洋最古の天文台遺跡「瞻星(せんせい)台(だい)」の存在を学界に知らしめたのは、日本統治期に現地に足を運んだ気象学者の和田雄治だった。「東洋最古」と位置付けた和田説は、当時の朝鮮人を鼓舞したという。慶州も何かと日本とゆかりがある場所だ。(U)





