先月10日に石破茂前首相が、「戦後80年に寄せて」と題する「所感」を公表した。これは戦後50年(平成7年)の8月15日に節目の年として、村山富市首相が総理大臣談話を発表し、その後、戦後60年(同17年)に小泉純一郎首相、戦後70年(同27年)に安倍晋三首相が談話を発表したことに倣ってのことである。今年の「所感」は今までの談話と違って、閣議決定された政府の公的なものではない。

この「所感」に対し、産経新聞は「石破首相の感想に過ぎない」と書き、読売新聞は「わざわざ発出する必要があったのか、見識を疑いたくなる」と全く評価していない。「所感」を読む限り、「なぜあの戦争は避けることができなかったのか」と問い掛け、「政府が軍部に対する統制を失っていた」と振り返っているだけで、退陣直前とはいえ今日の厳しい世界情勢の中で、政府として今執るべき方向など具体的な政策は全く見えない。
7月15日に公表された2025年版防衛白書に、中谷元前防衛大臣が巻頭言で次のように書いている。「国際社会は戦後最大の試練の時を迎えています。世界平和の既存の秩序は深刻な挑戦を受け、わが国を取り巻く安全保障環境は、戦後最も厳しく複雑なものとなっています」と。防衛大臣として、我が国の安全保障を長く指揮してきた石破前首相には、「一日も早い憲法改正」をと「所感」で公表してほしかった。単に憲法に自衛隊明記でなく、自衛隊を日本国防衛軍として、軍法を制定し一日も早く普通の国として、日本を再建すべき時だと。
日本国憲法第9条第2項は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と規定している。この解釈論でなく誰が読んでも分かる憲法として、独立主権国家として自らの主権と独立の維持を実現する時だと言いたい。明確な概念の定義がない、「専守防衛」で「軍事大国」とならず、「必要最小限の自衛力」で、必要最小限度の実力の行使しかできないと、防衛白書にも書かれている。自衛隊の行動も、軍法でなく民法で縛られていて、戦後最も厳しい複雑な試練の時に普通の国軍として行動できない。
安全保障の話で、抑止力の強化とよく聞く。抑止力には、懲罰的抑止と呼ばれる、敵対国が侵略に訴えたら、倍返しの「耐え難い」損害を与えるとの威嚇に基づく抑止と、拒否的抑止という、敵対国が侵略に訴えても、防衛力で侵略の目的は全て阻止するとの威嚇を示し、侵略を思いとどまらせる二つがある。そして何よりも、実力を持ち、侵略されたら動くという国家意志を明確に政治が示していることが一番大きいと普通の国は教える。
高市早苗新首相に、今の日本を一日も早く普通の国としての元気と繁栄の政治を、お願いしたい。
(呑舟)





