
何やら推理小説のタイトルのようだが、実際、伝統的キリスト教会から十字架が消えつつある。つまりシンボルの十字架が降ろされてきているというのだ。特に米国や韓国のメガチャーチでは教会自体が減り、カフェなどに姿を変えた例も多い。
文化庁の宗教年鑑(2022年)などで見ると、キリスト教では例えばプロテスタントの日本基督教団の信者数は約15万7000人。1990年代は20万人で推移していたが、この30年で5万人も減少している。受洗者数もピーク時の年間2243人から659人というから3分の1に激減だ。
もちろんコロナ禍や少子高齢化も背景にあろうが、インターネットの発展で教会に所属しないという形態も見逃せない。あらゆるネットのチャンネルを通して信仰への目覚めや学びの機会が増えたという表れかもしれない。
信仰が下火になったのではなく、教会の外にいる信者が多くなったとも言える。ルターの宗教改革ではないが、従来の信仰における独占的な仲介役だった教会から、「神と個」の関係強化を模索する動きだろうか。
情報化社会においても似た動きを感じる。マスメディアにおける恣意(しい)的世論の弊害が指摘される中、個人次元から発信するネット言論が影響力を持ってきた。
とはいえ、ネットとて万全ではない。「個」を律する倫理・道徳といった要素がより強く求められる。自立した「個」の責任が伴ってくるのはいずれにおいても同じだろう。





