
獅子文六の『箱根山』は、この山で行われた観光開発の争いを背景にした昭和30年代の小説。舞台は芦之湯で、温泉旅館の主人が経営よりも考古学に没頭し、ついに近くの山で2万年前の石器を発見して、考古学界の話題となるエピソードが登場する。
これは実際にあった話で、発見者は松坂屋の松坂康氏。この旅館の主人はここに旧石器時代から人が住んでいたという仮説を立てていた。この話は唐突で不自然な話題のようにも感じられた。
しかし、平安時代後期にはここを街道が通っていたという。鎌倉時代に多くの人が利用するようになり、「鎌倉古道」の名が付いている。現在では人気のあるハイキングルートで、湯坂道の名がある。麓の湯本から西に連なる尾根道を登り、湯坂山、浅間山、鷹巣山を経て芦之湯に至り、元箱根に続く。
源頼朝ら鎌倉幕府の将軍たちが箱根神社と伊豆山神社に参詣する「二所詣」の際にも使われた。
地図でこのルートを眺めていると、湯本から芦ノ湖に至る、最も分かりやすく、歩きやすい道だったのではないか、と感じられてくる。そしてこの道は太古から使われていたのではないかと想像されるのだ。

芦之湯の辺りは広い平地で、江戸時代半ばまで沼地があったという。温泉が湧いていて人が住むにもよさそうでもある。太古、ここに道があったと考えると、松坂氏の説は納得しやすい。
(岳)





