トップコラム太宰治とキリスト教【上昇気流】

太宰治とキリスト教【上昇気流】

 作家の太宰治はキリスト教に興味を抱いていた。特に内村鑑三に共感していたらしい。東京都三鷹市にある三鷹市美術ギャラリーで「太宰治資料展」Ⅱ期の「交流編」が開催中。展示された画家・鰭崎(ひれさき)潤に宛てた太宰の葉書(はがき)がそれを伝えている。

 この会場は太宰が暮らした「三鷹の此の小さい家」を再現した展示室。「交流編」では文化人らとの交流の様子を伝えているが、鰭崎はこの小さな家に最も足しげく通った人物だったという。

 三鷹の家も鰭崎の配慮によるものだった。葉書は昭和10年から20年まで12通。鰭崎は、内村が育てた無教会派のキリスト教徒で、太宰が購読していた塚本虎二主筆の『聖書知識』も並んでいる。

 昭和11年11月26日消印の葉書で「入院中はバイブルだけ読んでいた」と記し、同年11月29日消印の葉書では新約聖書の「ピラト」に言及していた。太宰は前月、板橋区の東京武蔵野病院に入院した▼太宰は随筆『作家の像』で、塚本の書いた「内村鑑三の思い出」に言及している。内村が温泉で塚本の子供にいたずらして湯を掛けたら泣いたという話で、太宰も類似の経験を披露する。

『碧眼托鉢』という随筆では内村の文章に心打たれたことを記し、「一問一答」では「キリスト教に於いても、日本は、これから世界の中心になるのではないかと思っています」と語る。鰭崎が太宰の家に通ったのも、太宰の心の病を心配してのことだったのではないか。「交流編」は11月16日まで。

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