
今月の3連休、家のある山口県内をドライブしていると、たわわに実を付けた柿の木が山里をあちらこちらで彩っていた。「柿が豊作だね」と秋の風物詩を味わいながら、祖母に言い付けられ、木に登って柿もぎした子供の頃を懐かしく思った。焼酎で渋抜きした柿は甘く最高のおやつだった。
だが、単身赴任の筆者に代わり家を預かる妻の思いは違っていた。「そうね、昨年、不作だったから」と相づちを打ちながら「でも、私は困るのよね」と愚痴をこぼした。家の前に、細い道を挟んで大きな柿の木がある。その木も今年、豊作で多くの実を付けている。ところが、その土地の所有者は一人暮らしの高齢者だ。放置柿が落ちて、その掃除が大変だというのだ。
それを聞いて、高齢化が深刻な山里の柿もその多くは放置され、サルやクマなどの獣害をもたらす原因になっているのかもしれないと思うと、郷愁は複雑な気持ちに変わった。妻は、落ちる木の葉を掃除するのも大変だという。
せっかく実ったのに、人手がないために収穫されずに置かれる柿をどうにかできないものかと思い、調べたら、柿もぎボランティアが全国各地で行われているのを知った。山口県では、県立大学の学生たちが山口市内で数年前から柿の収穫を手伝っている。名付けて「となりの柿プロジェクト」。スイーツなど加工品の開発にも取り組んでいるという。
わが家は県立大学から遠いので、学生にボランティアを頼むわけにはいかない。土地の主が地域住民に「自由にもいでください」と一声掛けてくれれば、筆者がもぐのにな、と思う。そうすれば、落果が減って妻の掃除は楽になる上、渋抜きすればおいしいスイーツを楽しむこともでき一石二鳥だ。しかし、その独居の高齢者は地域住民と疎遠だ。放置柿を狙ったサルは出没しなくても、妻は今年も落果に悩まされそうだ。
(森)






