
この季節に郊外の里山を歩いていると目にする草花がある。タウコギ、コセンダングサ、イヌタデ、ミズヒキなどだ。こうした道端の草花をこよなく愛していたのは、詩人の西脇順三郎だった。
英国の詩人ワーズワースはごくつまらない花に対して「無限の涙を覚える」と詠んだそうだ。西脇は『野原をゆく』(毎日新聞社)収録の「くこの話」で、つまらない花だからこそ、そんな感じがするのだと語る。
西脇の表現で言えば「こうした雑草をみているとアンドロメダの星雲をみているように自分の心を永遠に運んでくれるのだ」。英国留学の経験のある西脇は英語と日本語で四十数種類もの雑草名を挙げていく。
素朴な風景を好んで東京郊外をよく散策した。美の重要な要素である「さびしさ」を感じるからだという。そして同じ心理からソバを好んでいた。それこそが田園のシンボルだったからだ。
「実はソバはそれほどおいしいとも思わない。私にはあの荒々しい粉をかためたひもを食うのではなく、『さびしさ』を食うのである」。だからこそ江戸時代を思わせる田舎の家で食べなければならないと場を設定する。
現代にもソバ好きは多い。ソバ粉打ちの名人たちが登場し、洗練に洗練を重ねて美を追求している。ソバ粉もひき方の違いで更科蕎麦(さらしなそば)、藪(やぶ)蕎麦、田舎蕎麦、十割蕎麦などがあり、食感が異なる。俳人は新蕎麦の季語で句を作るが、そこに寂しさを感じていたのは西脇独自の感性だった。





