お彼岸に先祖のお墓参りをし、同じ墓所にある戦没者の墓碑にも手を合わせた。普段は何気なく通り過ぎてしまうが、戦後80年ということもあり墓碑銘をじっくり読んだ。
故陸軍上等兵勲八等〇〇之墓には「昭和十七年二月一日、現役兵として中支派遣軍の作戦部隊に参加し奮戦中に戦死」、故海軍二等兵曹□□之墓には「昭和二十年五月十日、フィリピン ジンガエンニ於テ壮烈ナ戦死 行年二十四才」と刻まれていた。
墓碑は5基並んでおり、いずれにもお花が供えられている。「赤紙」(召集令状)によって戦場に赴いた市井の人のように思われた。遺骨が埋葬されているかどうかは知れなかった。
先の大戦での海外の戦没者は約240万人。このうち半数近い112万柱が今も現地に眠っておられる。御霊は靖国神社に祀られているとはいえ、遺骨を家族の元にお届けするのが国家の矜持というものだろう。
米国では国防総省の指揮下に「米国戦争捕虜及び戦争行方不明者遺骨収集司令部」(JPAC)が存在し、「捕虜として死亡、または戦闘で行方不明となった米兵」を一人残らず探し出すことに使命感を抱いて遺骨収集に当たっている。
わが国はいささか心許ない。それは憲法に「軍」の条項が存在しないことと無関係ではあるまい。国のために散華した人々を蔑ろにして誰が身命を賭して国を守るだろうか。自民党総裁選で憲法改正論議が低調なのは亡国の兆しのように思えてならない。






