「大阪・鶴橋育ちの少女の愛と死」――。書店でこんなブックカバーの一文が目に入り、つい買って帰った。『高容姫 「金正恩の母」になった在日コリアン』(五味洋治著=文春新書)で、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記の生母、高容姫氏の生い立ちが綴(つづ)られていた。
大阪市生野区の鶴橋に生まれ、小学4年生の時に父親と北朝鮮に渡った。著者が生家や知人を鶴橋界隈(かいわい)の地図を載せて探索していたので、懐かしさが込み上げた。気流子も高氏とほぼ同時期、学校は違うが、鶴橋の小学校に通っていたからだ。
記憶を辿(たど)ると遊び仲間の顔が浮かぶ。大阪環状線の高架下に住むFさん、畳が抜け落ちそうな家のT君、紙工場のKさん、お寺のS君、近鉄鶴橋駅近くの長屋のキム君。日本の子も在日の子も校庭や空き地で一緒に遊んだ。
ある日、キム君が不安げな声で言った。「俺、こんど名前が〇×に変わるかもしれん」。一瞬の沈黙の後、誰かが呟(つぶや)いた。「そんなん気色悪いわ。キム君はキム君や。それでええがな」。そしてまた、一緒に遊んだ。
成人後、キム君の家を訪ねたが、引っ越したのか、長屋に住んでいなかった。伝手(つて)を頼って調べたが、消息は知れなかった。高氏のように北に渡ったのだろうか。
遊び仲間なら、こう言うだろう。「生母が鶴橋育ちやったら、その子も鶴橋と無縁ではないなぁ。何とかしたらんとあかんわ」。そう、何とかしたらんとあかん、平和のために。そんな読後感を抱いた。






