韓国紙セゲイルボ・コラム「説往説来」
かつて北朝鮮を脱出した住民は、主に「帰順者」と呼ばれた。「帰順」の辞典的な意味は、「敵であった者が反抗心を捨てて自ら進んで服従したり従順になること」だ。北朝鮮を脱出した軍人は帰順勇士だった。
民間人としては1987年、小型船舶に一家を乗せて北朝鮮を脱出した金満鉄氏が代表的だ。全斗煥政権は「暖かい南の国で暮らしたかった」という金氏の発言を自由大韓民国体制の優越性を浮き彫りにする広報手段として十分活用した。北朝鮮で金氏は「反逆者」となった。
政府は「帰順勇士処理指針」や国家安全企画部(現、国家情報院)、国防部(部は省に相当)指針に従って帰順者を支援した。
90年代中盤に北朝鮮の食糧難が悪化すると、中国と第3国を経て韓国に来る脱北民が急増した。彼らに対する体系的な支援が必要となり、97年に「北朝鮮離脱住民の保護及び定着支援に関する法律」が制定された。
食べていくための脱北が増え、理念的な色彩を帯びた帰順という用語は不適切になった。この時から帰順者の公式名称は「北朝鮮離脱住民」になった。メディアなどでは便宜上、「脱北民(脱北者)」と呼ばれた。
しばらく使われていた脱北者という用語は、拒否感を与えるという理由で論議の種になった。すると盧武鉉政権は2005年、脱北者を「セトミン」に変えた。セトミンは「新しい場所で生きる希望を持って暮らす人」という意味の純粋の韓国語だ。
そうすると今度は、北朝鮮政権に反対する脱北民の政治的性向を消して、単に食べていくために韓国に来た人と罵倒する用語だという批判が出てきた。李明博政権はセトミンを再び脱北民に戻した。
李在明政権が脱北民を「北郷民」など、他の名称に変更する方策を検討しているという。鄭東泳統一部長官(統一相)は、「北朝鮮離脱住民が最も嫌いな単語が“脱”の字」だとして、「脱北、語感もよくない」と名称変更関連の用役を与えた事実を公開した。図らずも、脱北民をセトミンに変えた盧武鉉政権の統一部長官も鄭氏だった。
北朝鮮離脱住民の韓国定着は、未来の統一過程の縮小版だ。彼らの手助けになるのなら、名称は百回でも変えなければならない。しかし、本当に重要なことは、脱北民が経験する差別と偏見をなくす努力だということを忘れてはならない。
(9月18日付)
※記事は本紙の編集方針とは別であり、韓国の論調として紹介するものです。
「セゲイルボ」






