「作家の盛衰」ということを時々考える。人間誰しも盛衰はあるに決まっているのだが、作家の場合はなかなか厳しいものがある。作家は、締め切りに追い詰められるとエネルギーが出てくると聞く。逆に、締め切りのプレッシャーがないとエネルギーが生まれにくい。
その辺の塩梅(あんばい)も分からぬまま、文壇(業界)ばかりを気にして、作品(自分)をおろそかにした結果、消えていった作家も多い。「残るのは作品だけ。葬式の翌日には忘れられる作家もいる」という話も聞いたことがある。
「九州の作家は自分への酩酊(めいてい)度が高い」というのもよく聞いた話だ。関西出身の作家は「東京文壇」への反発が強過ぎるケースもある。意味のない気負いや尊大さが原因で消えていく場合がある。昔はそういう作家たちも多かった。
そのあたりの身のこなしがうまかったのが松本清張(1992年没)だ。原稿を書き過ぎて書痙(しょけい)になった彼は、口述筆記を選択した。書痙は文筆業に多い病気で、指の痛みや痙攣(けいれん)が特徴だ。筆記の担当者は必要だが、清書された原稿に加筆する方法なら何とかなる。
ワープロ専用機もパソコンもなかった時代のエピソードだ。清張は「作家は忙しさに直面して、それを乗り越えるのでなければ一人前とは言えない」という言葉を残している。
「忙しさを乗り越える」は分かるが、実際にはその「乗り越え」が難しそうだ。作家の大方が挫折していく中、それもまた才能の一つなのだろう。






