哲学史の本(熊野純彦著『西洋哲学史』岩波新書)を読んでいたら「哲人政治」という言葉が出てきた。哲人政治はプラトン(前347年没/享年80歳)の発想だ。エリート階級出身のプラトンは「政治は哲学者が行うのがよい」と本気で考えていた時期があった。現実には彼が哲人政治を行ったことはないし、終生哲人政治にこだわったわけでもない。
政治は何が起こるか分からない。プラトンのように深く考えを巡らしているうちに、政治的混乱が拡大するのが関の山だ。彼が哲人政治を実行しなかったのは幸いだった。
政治は政治家に任せた方がよいというのが歴史の教訓のようだ。東西古今、大方「政治家による政治」が行われてきたのが実態だ。
中でも「臨機応変」は政治家の一番の要諦だろう。そうした重大な時期にミスをやってしまう政治家も多い。歴史は「失敗の歴史」の側面もある。それにしても、哲人政治よりはマシだ。
無論、例外はある。ローマ皇帝マルクス・アウレリウス(プラトンより500年後の人)は「哲人皇帝」と言われている。皇帝としての彼は、戦争に明け暮れた。ゲルマン民族の侵攻に対する防衛戦争なども含めて、58歳の時、ウィーンで死去するまで戦い続けた。
その彼が、どこでどう書き残したのか、哲学書を残した。「身体を巡る一切は流れであり、魂に関する全ては夢と煙だ。死後の名声は忘却にすぎない」といった言葉は、本物の哲学者のものだ。





