
自民党は8月最終週に、大敗した参院選の総括を発表する。その結果を受けて森山裕幹事長は、自身の責任を明らかにしたいと述べているが、考えてみればおかしな話だ。
そもそも政治家が一番問われるのは結果責任である。選挙の大敗という結果、国民の審判は既に出ているのである。まず石破茂首相はじめ幹部が辞めることが先決で、その後、敗因の分析なりを行うのが筋である。
こんなおかしな流れとなったのは、石破首相が大敗の責任をとらず、政治空白をつくってはならないなどと理屈をこねて政権にしがみつく異常事態となっているためだ。敗因は旧安倍派の政治資金不記載問題が響いたなどと責任転嫁の分析が出るかもしれないが、党のトップが最終的責任を負わねばならないことに変わりはない。
「政治は結果責任」とは、安倍晋三元首相がよく口にした言葉だ。マックス・ウェーバーが『職業としての政治』の中で説いた。どんなに良い動機で、そのためにどのような努力を注いでも、政治家が問われるのはその結果責任である。
そんな基本中の基本が忘れ去られた理由の一つは、政治倫理が強調されるのは大概、カネにまつわる問題であるため、政治倫理とはカネに奇麗なことという矮小化が起きたことが大きい。
ルール違反の政治家は指弾されるべきである。一方で、それを格好の攻撃材料にした野党、そればかりを取り上げるメディアが、政治倫理の矮小化を助長したことは否めない。






