
80年前のきょう、昭和天皇の終戦の詔書がラジオ放送され長い戦争は終わった。しかし、終戦に至るまでの道のりは容易でなかった。ポツダム宣言を受諾するか否か、重臣らの意見は割れた。鈴木貫太郎首相が昭和天皇の御聖断を仰ぎ受諾が決まった。
終戦決定のための御前会議は8月9日から10日にかけてと14日の2回にわたった。本土決戦を叫ぶ陸軍の一部が不穏な動きをしていたこともあり、昭和天皇は「国民に呼び掛けることが良ければ、いつでもマイクの前に立つ」と述べられた。
その御前会議が行われたのが、皇居吹上(ふきあげ)御苑内に防空壕(ごう)を兼ね造られた御文庫附属庫の会議室だ。終戦70年の2015年8月にその内部の映像が宮内庁によって公開された。絵画や映画「日本のいちばん長い日」などでも描かれた会議室は、壁の板が崩れて床に散乱し荒れ果てた廃墟(はいきょ)となっていた。
昭和天皇が重臣らと、国民と国家の未来のために苦渋の決断を下された歴史的な舞台である。天皇の身を案じる重臣らとここで、共に涙を流された。その戦後日本出発の聖地ともいうべき場所が朽ち果ててしまうのは忍びない。
皇太子時代の今上陛下も現場に入られ、「昭和天皇がここに座っておられたことなどを伺って、その当時にタイムスリップしたような深い感慨を覚えました」と感想を述べられた。
場所が皇居内で御所に近く、一般公開は難しいだろう。しかし、せめて復元・保存してもらえないかと思う。






