トップコラム身近に感じ始めた死について

身近に感じ始めた死について

幼い頃、死は、現在のように身近には感じられなかったが、漠然とした恐怖だった。

題名も内容も忘れたが、テレビドラマのあるシーンが記憶に残っている。恐らくフランキー堺だったと思うが、彼が他人との関係が完全に断たれた真っ暗闇の中で孤独に苛(さいな)まれ苦悩しながら、やがてその存在までが消え去る。そんな場面だった。

それが、死を表現したものだったのかも定かでないが、幼い心に、家族や周りの人々との関係が全く断たれて、最後には自分(の意識)まで消えて真っ暗闇になる――という死のイメージが焼き付いて、それを思い出す度に、底知れぬ恐怖に襲われた。

小学校高学年から高校2年生の春まで、クラブ活動などが忙しくなると、そんな思いは遠ざかった。ところが、大学受験が近づく中、勉強もクラブ活動も中途半端な状態を打開しようとクラブ活動をやめて、時間に追われる生活から急に解放された後、再び死を考えるようになった。

ただ、その時感じたのは、死そのものの恐怖でなく、終わりある生の儚(はかな)さだ。人生は流れ星のように、夜空に一筋の光る線を描いて消えてしまうものだと考えると、今度は無性に寂しい思いに駆られた。その寂しさを埋めようと、生涯続く友情や愛情というものを探してみたが、そこに現れたのは小説にあるような葛藤や不安、苦悩だった。

もし人が死んでその意識(霊魂)までなくなるのなら、この世の道徳などは意味がない。自分や親族の恥の意識、悪評を振りまく人々の意識、また被害者の恨みの意識もなくなるのだから、どんな手段を使っても、今を楽しんだ方が得だろう。

だが、もし死後も霊魂が残るのだとすれば、生き方は変わるはずだ。最近、弟や親しかった先輩が相次いで世を去る中、来世での再会を期して、残る人生をもっと良いものにしたいと強く思っている。

(武)

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