
「夏ぐみの甘酸つぱさに記憶あり」(佐藤千須)。幼いころは夏休みの期間、母方の実家に帰省していた。都会にはない自然が豊かだったから、近所の山に行けばカブトムシやクワガタを捕まえることができた。小川ではカニや小魚が取れた。
母の実家はかやぶきの屋根で、蚕を飼っていた。前の畑には低く刈り込まれた桑の木が茂っていた。母屋の裏庭は狭かったが、グミの木が日陰をつくっていた。木の上に登って食べたグミの実の味が忘れられなかった。
普段食べていた夏の果実であるスイカや桃もおいしいと思ったが、グミの野性の甘みと酸っぱさに強い印象を受けたのだった。ジュースの人工甘味料と違う自然の甘さは、初めてのものだった。
夢中で食べ続けたが、まだたくさんの実がなっている。食べても食べても減らない。ついにはポケットに詰め込んだが、それでもまだ残っている。部屋に戻って改めて取り出すと、つぶれてしまい味も変わっている。残念ながら、その多くを捨てるしかなかったのを覚えている。
野性の味といえば、桑の実も忘れ難い。熟した実を口に入れた時の驚き。夢中で食べたのを覚えている。辺りには、甘みを求めてハチやハエ、チョウチョ、カブトムシなどが飛び回っていた。
桑の実はグミとは違って野性味は弱かったと思う。童話作家の鈴木三重吉はこの桑の実を好み、作品にもしている。グミも桑の実も、店ではあまり見掛けないのが残念だ。