東京・JR三鷹駅の南口に三鷹市美術ギャラリーがある。その一角を占めているのが太宰治展示室で、三鷹市下連雀にあったついの住み家の借家を復元している。ここで今月から開かれているのが「太宰治資料展」だ。
三鷹市が購入したり寄贈されたりした資料を2期に分けて展示。Ⅰ期(9月7日まで)は三鷹での創作活動と桜桃忌がテーマだ。きょう19日が桜桃忌で、愛人と身投げした玉川上水で遺体が発見された日。
書き出して未完のままだった最後の作品「グッド・バイ」の自筆原稿も展示されていた。これは絶世の美女を雇って結婚相手を演じてもらい、愛人たちと縁を切ろうとする男のコミカルな物語▼文字は読みやすく、メリハリの利いた品格のあるもので、書いている時の正しい姿勢が感じられる。美しい文字と書かれた俗世界とのコントラストが興味を引く。他の原稿とも共通する点だ。
書いている作者は舞台監督、書かれた物語は舞台で演じられる芝居、そのようにも思われる。この絶世の美女は剛腕で、アパートの部屋も衣服も非常に不潔で不快だが、妻を演じる時だけ変身する。
物語から伝わってくるのは、作者の女性を巡る窮地だ。友人で作家の坂口安吾は太宰の作品を大絶賛し、没後、その予言のように多くのファンが登場し、太宰は大人気を博した。聖徳太子の言葉に「世間虚仮」「唯仏是真」がある。太宰は虚仮である偽りの世、偽りの自分に苦悶(くもん)し、真(まこと)を探し続けた作家だった。