どの国へいつ行ったかを確認するため、期限切れの古いパスポートを引っ張り出して眺めることがある。その国への入国日、出国日がスタンプに記されていて、何よりも確かだ。
ただ英国駐在中、ドーバー海峡を渡って訪ねた大陸の国々の記録は残っていない。ドーバー港での出入りの記録はあるが、フランスやベルギー、イタリアへ移動したという記録はない。国境の検問所でもパスポートを見せる必要はなく、ほぼ素通りだった。
欧州連合(EU)諸国では、シェンゲン協定によって自由に国境を越えることができる。時には国境を過ぎても違う国に来たという実感がしばらく湧かない。フランスからモンブラントンネルを抜けてイタリアに入った時は、立ち寄ったサービスエリアで賑(にぎ)やかなイタリア語を聞き、ようやく国境を越えたことが分かった。
「欧州は一つ」を何より実感したのはこの時だった。便利さだけでなく、一種の感動すら覚えた。
今年はこの制度ができて40年。5カ国から始まった加盟国も29カ国にまで増えている。その一方で、ドイツやフランスなど11カ国が国境管理の再導入を欧州委員会に通知している。難民や不法移民問題で、国内世論が厳しくなっていることが背景にある。
シェンゲン協定は「欧州統合の象徴」であるとともに、世界最大の自由移動圏を基礎付けている。国際観光の4割を占めるという欧州の魅力を支えるこの制度を、何としても維持してほしいものだ。