トップコラム「ゼロリスク」脱却の時【上昇気流】

「ゼロリスク」脱却の時【上昇気流】

帰る人もいないのに「帰還困難区域」とは何ぞや? まるでナゾナゾ問題だが、福島県にそんな論議がある。

2011年3月の東京電力福島第1原発事故で避難指示が出された区域のうち、年間の被曝(ひばく)積算線量が50㍉シーベルト超で、5年間を経過しても20㍉シーベルト(国際機関の安全基準)を下回らないとみられるのが帰還困難区域だ。

大半は人の住まない国有林で、面積はJR山手線の内側の5倍に匹敵する。ほったらかしにされ、荒れ放題だ。それで自民党の復興加速化本部が活動全面自由化を国に要望している。個人ごとに被曝線量を管理し、安全を確保すれば自由に活動できるようにしてほしい、と。

原発事故後、避難指示に従わず線量の高い山中に住み続け、野生のキノコや山菜を主食に生活してきた人がいる。福島県立医科大学の坪倉正治教授がこの人の追加内部被曝量を測ったところ、わずか年間0・3㍉シーベルトで、安全基準をはるかに下回っていた。このような事例を見れば、要望は無理筋ではない。

事故直後、当時の菅直人民主党政権は安全基準を1㍉シーベルトと設定しゼロリスクを標榜(ひょうぼう)した。食品内の放射性物質の基準値も国際基準より厳しくした結果、皮肉にも福島はすさまじい風評被害にさらされた。

冒頭の問いは、南相馬市の門馬和夫市長のものだ。「住民が帰らない山林を帰還困難区域と言うのはイメージが違う」(朝日新聞福島版6月6日付)。もっともな話だ。ゼロリスクから脱却したい。

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