
2、3年前だったか、テレビ番組で関西のお笑い芸人2人が、わが生まれ故郷(関東地方)を鉄道(単線)で通過したことがあった。一人が「ド田舎ではないね……」と言う。相方が「そやね」と答える。
どうやら芸人は、自分らが行く場所はもっと田舎だと思っていたらしい。が、それほど田舎ではなかったので「ド田舎ではない」というそれなりの評価になったようだ。
そういえば、経験上、わが田舎の地名を知る人は東京にはいなかった。昔は「町」だったのがその後「市」になったのだが、それで知名度が高くなったこともない。芸人の話で「とりあえずド田舎ではなくなったんだ」と思った。
以前出会った初対面の人は、北海道の地名を挙げて「私は〇〇市の出身なんですけど、そんな地名、知らないでしょう?」と聞いてきた。その市を鉄道(複線)で通過した経験があるので「〇〇市なら知ってますよ」と答えると、彼はひどく感激して「東京へ来てから何十年か経(た)つけど、自分の生まれた市の名前を知っている人に出会ったのは初めてだ」と喜んでいた。
北海道でいえば札幌市を知らない日本人は珍しい。京都市や金沢市と聞いて分からない人は稀(まれ)だ。東京都港区を知らない人も少ない。
「都会中心」の暗黙の価値基準が根深いのだろう。加えて、何かの文化的価値があれば、その土地の好感度はもっと高くなる。場所にまつわるそうした基準は、そうそう簡単には消えないようだ。





