トップコラム国会論議の「置き去り」【上昇気流】

国会論議の「置き去り」【上昇気流】

都営バス

新学期に入って、こんなニュースが報じられた。「都営バス内に女児置き去り」(読売)、「下校バス、小1降ろし忘れ」(福島民友)。東京都荒川区の女子児童と福島県会津坂下町の男子児童が見舞われた災難である。

いずれの児童も車内で寝入ってしまった。運転手は降車確認、車内点検を怠りバスを車庫に戻した。女児は帰宅しないことを心配した父親がGPS(全地球測位システム)で居所を突き止め、男児は客席の窓から自力で降りて助けを求め、事なきを得た。

都バスの運転手はトイレに行きたくて意識がそちらに奪われた。福島の場合は臨時便で、運転コースに気を取られ確認点検どころではなかった。

人ごとではない。日常生活でも一つのことに意識がとらわれると、他のことがすっぽり抜け落ちることがしばしばある。高齢者に多いというが、そんな体験は誰にでもあろう。

メディアはそれを意図的に行っている。米政治学者ハロルド・ラスウェルはこれを「注目の枠組み」と呼んでいる。人々の関心や興味を引くニュースを焦点化する。すると人々はそればかりに心を奪われ、他のことはまるで存在しないかのように盲点化する。ここから歪な環境認識がもたらされる。

通常国会は後半に入ったが、「政治とカネ」論議に焦点化され、「国を守る」論議は盲点化してはいまいか。うっかりすると国民は2人の児童のように置き去りにされかねない。確認点検を怠ってはなるまいぞ。

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