「よろこびて鮎の塩焼食ふ母の衰えしるくおほかたこぼす」――。新潟県魚沼市の公園にある歌碑に刻まれた大塚栄一さんの歌だ。小紙「世日歌壇」の選者を平成8年から25年まで務めた歌人で、先日逝去された。
魚沼市の在住で、この歌は歌誌「短歌」平成6年10月臨時増刊号の「現代秀歌選集」に発表された。「ここに生活を構えて一年半の頃、母に孝行しようとして魚屋の二階で昼食を食べました」。その時の様子を詠んだ歌だ。
「母は鮎が好きで、焼いてもらうと大方をこぼしてしまった。こんなに衰えていたのかと愕然としました」と語ってくれた。大塚さんは魚野短歌会の主宰者で、生活に根差した抒情短歌を目指した。
会員は30代から80代まで幅広かったが、大多数は女性。地域は当時の三魚沼郡から、中越地区、福島県の只見町にまたがっていた。昭和20年ごろから作歌を始め、23年、佐藤佐太郎の主宰する「歩道」に入会した。
41年に第9回短歌研究新人賞を受賞し、43年に歌集『往反』を上梓(じょうし)。ここに佐藤が「序歌」を寄せて大塚さんを紹介した。「越のくに魚野川べに雪つもる冬のこころを君は抒べにし」。
ここは雪の多い地方で、積雪量は150㌢にもなる。一冬に12回も雪下ろしをしたこともあったという。歌誌「魚野」には鮮やかな季節感が反映していた。「春が来て水仙が芽生えてくる。その通りに詠んでも退屈です。そこに生活の背景が出てくると面白くなります」。合掌。