
石破茂首相が自民党国会議員1期生に10万円分の商品券を配ったことが問題になっている。ご本人は「政治的寄付ではなく慰労のためであり、何ら政治資金規正法に抵触しない」としつつも、ご心配をおかけしたと反省の弁で低姿勢の対応だ。
早速野党は眦(まなじり)を決して追及の手を緩めない。一方で自民党内からは「代々の首相もやっており、首相も前例踏襲だとは言えないのが辛いな」といった“同情論”も聞かれる。
それが内輪話ならともかく、舞立昇治参院議員が地元の会合で「歴代首相が慣例として普通にやっていたこと」と発言。後に「推測だった」と取り消したが、火に油を注ぐ形になった。
石破首相もそうした“援護”発言に乗るわけにもいかず、「歴代首相のことは承知していない」とだんまりを決め込む。かつて「党内野党」の一言居士として、良くも悪しくも自民党の伝統や慣例に注文してきた感のある石破首相だから、大方は「お前もか」となるわけだ。
しかし自民党だけでなく野党においてもそうした「慣例」はなかったか。聖書に「罪なき者がまず石を投げるがよい」(ヨハネ伝)と諭したキリストの寓話があるのを思い出した。
もちろん「聖」と「俗」の違いはある。法に抵触するかどうかはともかく、政治家は私利や党利を追求する「ポリティシャン」か優れた識見を持つ「ステーツマン」に大別されるという。ステーツマンとしての自覚を持つ政治家から身を処すべきだろう。