
ロシアのウクライナ侵攻から3年が経過し、ようやく停戦に向けた動きも出始める中、ロシア軍に加勢した北朝鮮の兵士が捕虜となり、韓国メディアのインタビューに応じて本音を語り始めた。「手の包帯は自爆を思いとどまるため巻いたもの」「北で捕虜は変節者扱いされるので、韓国に行きたい」…。最初は「金正恩同志のため」に戦い、死ぬことも辞さなかった彼らだが、今は素直な20代の青年に戻り、第二の人生を考え始めている。
その記事を読んで思い出したのが、かつて潜水艇に乗って韓国に出入りし、潜伏活動していた工作員を迎えに韓国南部の海岸に上陸した際、待ち伏せしていた韓国軍に生け捕りされた元北朝鮮工作員だ。彼が捕らえられた瞬間の写真が、ソウルの戦争記念館に飾られてあるのを見た。ウクライナの捕虜になった北朝鮮兵と同じ20代だった。後に転向し、銀行員を経て政府傘下のシンクタンクに長く務めた。韓国女性と結婚し、息子2人をもうけた。
筆者が彼と出会ったのは、特派員として韓国に滞在し始めて間もない頃だった。人柄の良さから多くの人に好かれ、酒を飲むと饒舌(じょうぜつ)になった。非行に走りそうになった息子のことで筆者が相談すると、「男の子は荒れる時期がある。長い目で見てあげないと」とアドバイスされた。思いがけない韓国での第二の人生だったろうが、家長として定年まで勤め上げ、今は孫娘を抱く好々爺(こうこうや)だ。北朝鮮の捕虜たちにも人生の再スタートを切ってほしいものだ。(U)