トップコラム日鉄は判断を誤ったのか 国家バイオリズムに潜むリスク

日鉄は判断を誤ったのか 国家バイオリズムに潜むリスク

教え子の中国から足蹴にされ、米国からは牙を剥かれ

USスチールの買収計画を中止するよう命じたバイデン米大統領(左)(UPI)と記者会見する日本製鉄の橋本英二会長兼最高経営責任者

バイデン米大統領がこのほど、日本製鉄のUSスチール買収中止を命じた。日鉄は2023年12月、USスチールを約141億ドル(約2兆2000億円)で買収し、完全子会社する意向を発表していた。バイデン氏は声明で「鉄鋼生産とその労働者は、我が国の屋台骨だ」と強調するとともに、買収は「国家安全保障と重要な供給網にリスクをもたらす」と述べた。あわてた日鉄は「違法政治介入」だとして反発、同大統領らを提訴した。日鉄がこの裁判で敗訴して買収できなければ、違約金5億6500万ドル(約890億円)を支払らわなければいけない可能性がある。

日鉄は昨年7月、鉄鋼世界最大手・中国宝武鋼鉄集団傘下の宝山鋼鉄との合弁事業から撤退すると発表した。ただ、中国からの撤退とは名ばかりで、実際は体よく追い払われたのだ。

半世紀前は日本の技術が欲しくて素直な生徒役を演じていた中国は、技術を吸い取って世界一の粗鉄生産量を誇るようになると国家エゴを丸出しにし、日鉄を中国市場から放り出した格好だ。

この形は、新幹線でも同じようなことが起きている。日本の新幹線輸出は台湾だけだが、日本から新幹線技術を吸い取った中国はラオスやインドネシアに高速鉄道を走らせており、まもなくタイやマレーシアでも高速鉄道の建設が終わり、北京とシンガポールが高速鉄道で結ばれるようになる。習近平国家主席はトップ外交でベトナムへの高速鉄道輸出にも力を入れている。

宝山鋼鉄は1972年の日中国交正常化を機に、両国の友好プロジェクトとして日鉄の全面協力のもとで生まれた経緯がある。国交締結直後、来日した中国の周恩来首相が新日本製鉄(現日本製鉄)の稲山嘉寛社長に武漢製鉄所の近代化を要請した。日鉄は延べ1万人もの人員を動員し、85年に完成したのが宝山鋼鉄の中核・上海宝山製鉄所だった。その宝山が2016年、武漢と合併して誕生したのが宝武鋼鉄だ。

日鉄はどちらの製鉄所にも深くかかわり全面的バックアップ体制を取った。いわば日鉄は中国の宝山、宝武鋼鉄にのれん分けしたようなものだ。日本でこそ分家した立場の店が本家の顧客を食い荒らすような非礼はしないが、中国は違った。

さらに新春、日鉄は米国から肘鉄をくらった。このままだと日鉄は、生き残りをかけた世界最大の鉄鋼輸入国である米国の市場を失うことになる。

なぜ日鉄は教え子の中国から足蹴にされ、同盟国である米国から牙を剥かれるようになったのか。

共通する最大の理由は、自分の思い込みだけで判断し、覇権国家である米国および覇権国家を狙う中国の国家バイオリズムというリスクを見落としてしまったことだろう。

日鉄のUSスチール買収には、日米共に繁栄する経済合理性があった。

日鉄は買収に伴う雇用の削減や施設の閉鎖などは行わない経営方針を確約し、雇用創出などに向け27億ドル(約4270億円)の追加投資を行う計画も示していただけでなく、USスチールの米国内での生産能力を対米外国投資委員会(CFIUS)の承認なく10年間削減しないという提案もしていた。

だが、国際社会は経済合理性だけで動くわけではない。

一企業は一手間違えるだけで、豊穣の青空を失い凋落の坂を転げ落ちることがある。こうした破局を避けるためには、国家という生き物を視野に入れた「蛇のごとき知恵」が必要となる。

(池永達夫)

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