
「鎮まれ! 鎮まりたまえ。……何故(なぜ)そのように荒ぶるのか」――。スタジオジブリ制作のアニメ映画「もののけ姫」に主人公の少年が祟(たた)り神にこう呼び掛けるシーンがある。
小紙読者でつくる「世日クラブ」の講演会で著述家の加藤文宏氏が「メディアによる扇動の時代」を語っておられた(小紙21日付)ので、「鎮まりたまえ」が思い出された。
30年前、メディアは今以上に荒ぶっていた。阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件という天災と人災が立て続けに起こり、これを巡ってセンセーショナルな報道を繰り広げた。そんな時、社会学者で僧侶の故大村英昭(えいしょう)氏は「鎮めの文化」を説かれた。
「現代人は、欲望や情念を煽(あお)り追い立てる『煽りの文化』にとらわれています。それに対し、日本人古来の文化は『鎮めの文化』でした。時代の曲がり角ごとには心鎮まって反省するような時間が必要なのではありますまいか」(NHK人間大学『鎮めの文化~欲望社会と日本人のこころ』1995年7月)。
家を建てる前の地鎮祭や菅原道真公の怨霊を鎮める北野神社など、わが国の神道には何かを鎮める趣旨のものが多くある。ざわざわとした時代には「煽り」ではなく「鎮め」を想(おも)い起こそう――。大村氏の遺言のように聞こえる。
「もののけ姫」の祟り神は鎮まって荒れ地を里山に変貌させる。メディアも鎮まりたまえ。そして「真実の報道」という本来の位置に戻って豊かな国造りに寄与してもらいたい。






