トップコラム「フィンランド化」は死語か【上昇気流】

「フィンランド化」は死語か【上昇気流】

フィンランドのヘルシンキ

北欧のフィンランドは1948年、ソ連との間に友好協力相互援助条約を結び、民主制や資本主義体制は維持しつつも、外交問題ではソ連に反抗しないという立場を取り続けてきた。このような関係を一般化し「フィンランド化」の言葉も生まれた。

第2次大戦開始直後の1939年11月、ソ連はフィンランドに条約締結と領土割譲を求め侵攻する。1カ月で屈服させようとしていたが、フィンランドの激しい抗戦は105日間続いた。

この「冬戦争」にフィンランドは敗れたものの独立を守り、東欧諸国のようなソ連の衛星国家にはならなかった。それを可能にしたのは、国民の頑強な抵抗と指導者の外交力、現実主義的判断だった。

ソ連崩壊後もフィンランドは中立政策を取ってきた。しかしロシアのウクライナ侵攻開始後、北大西洋条約機構(NATO)に加盟する。ロシアと1300㌔以上の国境を接するこの国の人々の脳裏に、かつての冬戦争の記憶が蘇(よみがえ)ったのだろう。

ヘルシンキ時事電によると、国民の国防意識も極めて高く、82%が「国を守るために戦う意思がある」と答えている。全国民が避難できるだけのシェルターの設置も進められているという。

フィンランド化という言葉は、元となった国では実質的に死語となっている。しかし、それに近い状況は中国の周辺国でじわじわ進んでいる。ロシア、中国と海を挟んで国境を接する日本も他人(ひと)ごとではない。フィンランドに学ぶ必要がある。

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