トップコラム紅葉のエネルギー【上昇気流】

紅葉のエネルギー【上昇気流】

「山に酔ひもみぢに酔ひて現(うつつ)なき酒に濡れつつひと日の解脱」(中根三枝子)。作者は歌人で万葉集の研究者だ。赤や黄に色づいた山々を散策し、うっとりと見ほれ、われを忘れてしまった体験を詠んでいる。

万葉集には、紅葉を意味する「もみち」「もみつ」の語を使った歌が129首もあるという。美しさをめでた歌や、散るのを惜しんだ歌が多い。作者が味わったのは、山があらゆる色彩に染まる錦秋の美。

万葉集で相応するのは「経(たて)もなく緯(よこ)も定めずをとめらが織るもみち葉に霜な零りそね」というところだ。紅葉の季節を迎えている。東京都内だと高尾山(八王子市)では11月中旬から12月上旬、秋川渓谷(あきる野市、檜原村)では11月下旬から12月上旬にかけて。

秋川での名所の一つは広徳寺だ。境内にイチョウの巨木が2本あり、大地一面を黄に染めてしまう。息をのむような景観だ。秋川の支流、養沢川のほとりにある徳雲院のイチョウも見事だ。

赤や黄の葉はまだ生きていて、生命の最後を輝かせている。かつて海でメジナを釣り上げた時、地に落とされた黒い魚体から光が発せられたのに驚いたが、やがて光は消えた。これと同じ現象だと思う。

その凄(すさ)まじいエネルギーは謡曲「紅葉狩」に描かれた。平維茂(これもち)が、紅葉の山で貴女たちが舞っているのを見ていると、貴女たちが鬼女に変じて襲い掛かる。維茂を襲ったのは紅葉吹雪だったのかもしれない。草木や花は文化のバロメーターだ。

spot_img

人気記事

新着記事

TOP記事(全期間)

Google Translate »