
缶コーヒーを買おうと自動販売機に向かった時、新札のためか指が滑ってなかなか1枚だけを取り出せないことがある。滑るのはまだ人の手をあまり経ていないからだ。
買い物で使うのは、千円札と1万円札が多い。まだ旧紙幣が新紙幣に入れ替わる過渡期なのか、1万円札を使うと、お釣りは時々、新旧の千円札が交じって返ってくる。5千円札の出番はそれほどない。この新5千円札の肖像は津田塾大学の創設者の津田梅子である。
旧紙幣は作家の樋口一葉だった。一葉は24歳で亡くなり、まさに「佳人薄命」といった印象がある。梅子が64歳で亡くなっているのと対照的だ。女性が紙幣の肖像に採用されたのは、一葉が最初のように思われがちだが、実は神功皇后(じんぐうこうごう)の肖像が嚆矢(こうし)となる。
ただ、神功皇后は神話的な存在で実在の人物であるかどうかは分からない。その点からすると、一葉が最初と言っていいかもしれない。作家としては有名だが、その生涯は一家を支えるために貧乏と闘った一生でもある。
梅子は教育者として女子教育に力を注いだから、名声というよりはその実績が評価されて新紙幣の肖像に採用されたのだろう。成功者という点から考えると、社会貢献の大きさもあって梅子の方に軍配が上がる。
だが、日本人は判官びいきという性質がある。その意味で、夭折(ようせつ)した一葉は、日本人の琴線(きんせん)に触れる。亡くなったのは1896年のきょう。忌日は「一葉忌」と呼ばれている。