落語に泥棒が登場する噺(はなし)が幾つかある。どれも間が抜けていて、変な言い方だが、人間味のある泥棒が多い。
例えば「締め込み」。ある夫婦者の家に泥棒が入り、風呂敷に着物を詰め込んだところ、亭主が帰ってきたので床下に隠れる。亭主は風呂敷包みを見て、女房が男をつくって駆け落ちをしようとしていると思い込む。
帰ってきた女房に亭主が火にかけていたやかんを投げたため、煮え湯を浴びた泥棒は慌てて飛び出し、夫婦喧嘩(げんか)を仲裁する。風呂敷が泥棒の仕業と分かり、夫婦別れをせずに済んだと亭主は泥棒に感謝し、酒を振る舞う。
「碁どろ」は、碁敵同士が碁を打っている家に泥棒が入る話。この泥棒も大の碁好きで、盗んだ物を入れた風呂敷包みを担いで立ち去ろうとした時、奥座敷から碁を打つ音がしたので、対局者の脇で口出しを始める。
碁に熱中するあまり、泥棒に入ったことも入られたことも忘れてしまう。落語とはいえ日本社会には、泥棒を滑稽噺の種にする一種の余裕があった。
しかし、最近の「闇バイト」による強盗事件は、そんな余裕やユーモアも通じない危険な犯罪だ。金に窮したとはいえ、普通の若者がなぜ簡単に凶悪な犯罪に手を染めるようになるのか。実行役や現金回収役らをSNSで集める「リクルーター」役が、指示役に個人情報を握られ脅されていたケースもある。ネット社会の危うさがここにある。悪辣(あくらつ)な指示役らを逮捕し、全容を解明しなければならない。