
小説は事実ではないことを書くものが多いので、不思議なことや突飛なこと、到底本当のこととは思われないことまで描くことができる。
まさに、勝手気ままで自由自在な世界のように思われているが、実際には「事実は小説より奇なり」ということわざがあるように事実の方が小説を追い越している事件や出来事も少なくない。
そして、その事件が起こった不思議な内容よりも、もっと不可解なものは、それが起こった原因や動機であるかもしれない。
古本屋の主人から作家に転じた出久根達郎の著書『本の身の上ばなし』(ちくま文庫)には、本にまつわる不思議な話や謎が紹介されている。
中でも、起こった事柄は珍しいことではないが、その動機や心理がよく分からない本の盗作問題について記している。
それはかつてベストセラー作家だったが、今では忘れられた作家の吉田絃二郎の作品そのまま丸写しの本を自分の名前で出していたという出来事である。
盗作などは、一部の盗用は割合珍しいことではないが、丸ごとそのまま自分の名前を使って出版するというのはほとんどない。驚くのは、その犯人が宗教家で、なおかつ自分のオリジナル著書には親鸞についての論文や歴史書、文学論などもあるという。吉田の熱狂的なファンゆえの暴挙らしいが、まさに、不可解な心理であるというほかはない。
(羽)