日本列島を「水の回廊」と呼んだのは写真家の水越武さんだった。豊かな水に恵まれ、その水の美しいことが特徴だからだ。日本各地でブナの森を撮影してきた経験に基づいていた。
ブナは木偏に「無」という字を書く。水分が多いために狂いやすく、扱いにくく、用材には適さなかった。それで木ではないとの扱いを受けた。日本の自然の中心地「自然首都」を宣言し、ブナ林が自慢の福島県只見町でも、ブナを木工品に使わない。
お盆や菓子器などに用いるのはトチ、ケヤキ、エンジュで、ブナの枯れ葉が染料として使われるぐらいだ。ブナ林の北限は北海道南西部の黒松内町で、ブナ林が町おこしの大きな力になっている(世界日報9月20日付「黒松内町の森」)。
町内には歌才ブナ林、添別ブナ林、白井川ブナ林があり、歌才ブナ林は市街地から2㌔という近さだそうだ。気流子は福島県や山形県、宮城県の山々を登り、中腹に広がるブナ林をたどってきた経験がある。
とりわけ春から初夏にかけて、ブナ林を歩く楽しみは格別のものがあった。明るく、広々としていて、開放感に富んでいるのだ。晩秋の飯豊山では山形県側に下山した時、森の中をサルたちが見送ってくれた。
辻井達一著『日本の樹木』(中公新書)によると、黒松内町では木偏に「貴」と書いてブナと呼ばせている。ブナが観光客を呼ぶ役者を演じているからだ。ブナがここから北に出られない理由は未解明だそうだ。