夕方近く家を出ると、西日が差す中、大粒の雨が降り出した。こんな日は「狐(きつね)の嫁入り」があるという話を思い出した。この伝承には、怪しい火が連なるのと天気雨の2タイプがある。
どちらも奇怪な雰囲気を持つが、野原に点々とする怪火(狐火)は、虫送りの火を見誤ったのではないかとの説がある。それを狐の嫁入りと言ったのは、昔の婚礼は、お嫁さんらが夜間に提灯(ちょうちん)をともして輿(こし)入れするのが一般的であったためという。
黒澤明監督の映画「夢」の第1話「日照り雨」では、屋敷の門の前で天気雨に遭った少年が、母親から「こんな日には狐の嫁入りがある。外に出てはいけない」と言われる。しかし少年が外に出て林に行くと、そこに狐の嫁入りの一行が現れ、少年は怖くなって家に逃げ帰る。
黒澤監督は井上ひさし氏との対談で「子供のときね、日が照っているのに雨が降るでしょう。そうすると表に飛び出すんですよ。面白いから、着物が濡れるのもかまわないでね。それでおふくろが脅かすわけね、狐の嫁入りだ、それを観ると大変なことになるよって」(『夢は天才である』)。
一方で狐は日本人に親しみのある動物だった。歌舞伎の「義経千本桜」には、義経の家来、佐藤忠信に化けた狐忠信が登場する。忠信が時々、狐のような動きを見せるのが面白い。
「夢」に登場する嫁入り行列の狐たちも、体は人間だが、動きが狐を思わせる。黒澤映画にも、そんな日本の伝統が息づいている。