映画「香港 裏切られた約束」上映
2019年の香港民主化運動をテーマにしたドキュメント映画「香港 裏切られた約束」が、東京と京都で上映された。
それを撮った映画監督の顔志昇(トウィンクル・ンアン)氏に会った。
顔氏は「時代革命」とプリントされた黒Tシャツで現れた。「時代革命」とは14年から使われはじめた民主化運動の象徴的言葉だ。
顔氏は19年6月から民主化運動を記録し続けた。当時の機材は、パティシエとして貯めた金で買った一眼レフビデオカメラ一台だけだった。
撮影現場は、催涙弾が直撃したり、打ち下ろされるこん棒の下をくぐったりと命がけだった。
最も危なかったのは香港理工大学だったと、顔氏は述懐した。当時、香港警察は抵抗拠点になっていた香港理工大学にいる人は、誰であろうとデモ参加者とみなし、10年以上の刑に処すると発表していた。
しかし、顔氏は看護師や救急隊が二交代制で活動していたその現場を、最後まで見届けるつもりだった。逮捕されて映像が見つかれば罪に問われるのは分かっていたが、カメラを手放すことはなかった。
結局、警察が包囲網を縮めキャンパスに閉じ込められるような形になった時、幸運にも香港人に手助けされて作業員の服に着替え、駐車場の裏口から脱出することができた。
放水銃で撃たれた時、カメラのメモリー容量を空けるため、側にいた外国メディア記者のパソコンにデータを転送し撮影が継続できたこともあったという。
映画では、200万人という香港史上最大のデモに参加した市井の香港市民6人にスポットライトを当てている。元暴力団のメンバーや南アジア系の女子学生、それに前線で戦うカップルや自主的な学習を促進する高校教師、コミュニティーリーダーなど様々な背景を持つ香港市民の生の姿を追い、自由と民主主義のために戦ったその苦悩や犠牲をリアルに映し出す。
14年の雨傘運動では、昔からの民主化運動家などがデモの指揮をとった。だが、その運動は実を結ぶことなく失敗に終わった。19年の民主化運動はその教訓を生かし、リーダーを置かないで自主的に自分ができることを自分でやる、各々が創造性を発揮する活動に変えた。看護師たちが救護班を結成したり、主婦が炊き出しで後方支援に回ったりして、連絡網も上意下達ではなく携帯による横の関係で行われた。それが19年の民主化運動の特徴だったのだ。
だが映画でスポットを当てた6人は現在、牢獄につながれたり海外亡命するなど十人十色ならぬ六人六色だ。
映画では自由がいかに脆弱で、守るためにはどれほどの犠牲と行動が必要かを問わず語りに迫ってくる。
英国植民地時代の香港には、民主主義はなかったものの自由と法治があった。今の香港は民主主義がないどころか、司法の独立も自由もなくなった。その「自由が死んだ香港」の悲哀を身をもって知っている顔氏のメッセージには重いものがある。
結局、50年間は一国二制度の下でという中国が約束した香港の自由と自治は、その折り返しを迎えたばかりで反故にされたのだ。19年のデモ参加者は1万人以上が逮捕され 53万人が海外移住を余儀なくされた。翌年20年の香港安全維持法の施行や24年の国家安全条例によってさらに締め付けを強化している。
とりわけ中国の強権統治の手は、海外にまで及びつつある。海外に逃げた民主活動家を追跡し、外国での活動に対しても自国の法を適用しようとしている。また中国は経済的社会的浸透戦略を、台湾や日本を含む他国にも運用し始めている。その意味でも香港民主化運動は香港だけの問題ではなく、台湾や日本の未来にも投げかけられた問題でもある。
顔氏が着ている黒Tシャツは、民主化運動の火を絶やさずといった志を表したものだろうが、私には抵抗運動の志半ばで倒れていった同胞への弔いの喪服であり、東アジアの未来に向けた警鐘の旗に見えた。
(池永達夫)