【上昇気流】ユリの花笑み

オニユリ

花が咲くのを「花笑み」と言い、女性の笑うのも「花笑み」と言った。万葉集の時代にそれらの意味を含ませて詠まれた歌がある。「道の辺(へ)の草深百合の花笑(ゑ)みに笑まししからに妻と云ふべしや」。

ユリが登場する歌だ。古代イスラエルでもユリは美しい娘に喩(たと)えられた。「おとめたちのうちにわが愛する者のあるのは、いばらの中にゆりの花があるようだ」(雅歌2章2節)。深草といばらとで構図まで似ている。

この夏、ユリの花笑みを見て過ごした。植えた覚えがないのに十数年も前から庭にあり、あちこちに生えている。ホソバテッポウユリで、種が飛んできて花を咲かせたのだ。近所でも見掛ける。

野草に分類されるのだろう。路地にも、水道栓の脇にも、花壇の隅にもある。人が植えようとする場所ではない。ある年、新潟県の佐渡島でスカシユリの球根を買ってきて、植えたことがあった。

3年ほど見事な花を咲かせたが、その後消滅した。それに比べるとホソバテッポウユリは何と生命力の強いことか。その根を掘って食べたことがあるが、スーパーで冬に売っているユリ根と変わりがなかった。

万葉集にユリの歌は10首あるが、みな花を詠んでいる。だが農学者、釜江正巳さんの『花の風物誌』(八坂書房)によると、狙いは花よりも球根。食用として庭や畑に植えられた。福井県の鳥浜貝塚では、縄文時代前期の炭化した球根が発見されている。日本人に長い間親しまれてきた花と根だ。

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