
作家の吉村昭さん(1927~2006)が東京・三鷹市井の頭に引っ越してきたのは1969年のこと。66年に『星への旅』で太宰治賞を受賞し、『戦艦武蔵』がベストセラーになって生活が安定したからだった。
引っ越しの前年、南アフリカの取材先から妻で作家の津村節子さんに手紙で「もう金のことは心配なくなった。あとは家の新築だ。あせらずすばらしいのを造ろうじゃないか」と伝えた。
その家は井の頭公園に隣接し、後ろは野鳥の来る森で、近くを玉川上水が流れていた。1階に食堂とリビングがあり、中二階に応接間と2人のそれぞれの書斎。2階が寝室と子供たちの部屋だった。
10年後に吉村さんは自宅の敷地内に離れの書斎を建てた。ここで『破獄』『冷い夏、熱い夏』『天狗争乱』などの代表作を執筆。愛着があり、「この世で一番安らぐ場所」だったという。
かつて津村さんにインタビューした際、この家を訪ねたことがあった。中二階の書斎で、吉村さんが離れの書斎に移った後だったが、このロケーションが自慢だった。山中にいるような気持ちにさせるからだ。
三鷹市はこの書斎を移築し、今年3月に「三鷹市吉村昭書斎」として開館した。京王井の頭線の井の頭公園駅から徒歩3分の所で、線路沿いの通りの傍にある。交流棟と書斎棟の二つの建物があり、交流棟では2人の著作を読むことができる。書斎棟には書斎と茶室が再現してあり、書斎にある横に長い机が印象的だ。