市役所で一仕事を終えた後のことだった。駅に向かうため、バス停側のベンチに腰を掛けていた。そばにパソコンを入れたキャリーバッグを置いた。
左斜め横の歩道に、高齢の女性が後ろに大きなカゴの付いた自転車を引く格好でたたずんでいた。75歳前後か。目が合った。「こんにちは」と声を掛けると、女性は「私、足と腰が痛くてそんなバッグさえ引けないの」と微笑(ほほえ)んだ。「自転車に乗れるのに?」と、いぶかしんだ私の表情を見て、自転車は寄り掛かるためのものだと説明する。
胸が痛くなったのは、その後の言葉。「だから、そこのスーパーに行くのに1時間半もかかるのよ」
スーパーまでは大人の足なら10分もかからない距離か。「お独り暮らしですか」と聞けば、「子供がいなくてね。本当なら、施設に入れればいいんだけれど」と苦笑いする。
「では、お気を付けて」と言って別れたが、その後ろ姿を、目で追うと、言葉通り10歩ほど進んでは休み、また10歩…を繰り返していた。歩を止めずに横断歩道を渡り切れるのか心配だったが、少し離れた2車線道路の横断歩道は、何とか渡り切って、すぐ休んでいた。近くに住んでいるのだったら、買い物くらいは手伝うことができるのにな、という思いが湧いてきた。
単身赴任の記者も歩いて10分余り離れたスーパーに買い物に行く。その途中、時々、高齢者用買い物カートを前に、民家の石垣に腰を下ろして休む高齢者を見掛ける。多くの場合、女性だ。
2年前の統計によると、全世帯の約半数(約2750万世帯)が高齢者のいる世帯で、そのうち32%が独居。高齢者の増加に伴う配偶者との死別に加え、未婚、離婚の増加が独居高齢者をさらに増やすことになる。
石垣に腰を下ろす高齢者を見るのが辛(つら)い夏が近づいてきた。
(森)