【上昇気流】(2024年6月19日)

黒澤明監督の映画「生きる」は1952年に公開され大いに評判を呼んだ。主演の志村喬(たかし)さんが演じる市役所の課長は、癌(がん)で余命が幾ばくも無いことを知り、誰も手を付けなかった市民公園を整備する。雪の中、完成した公園のブランコに乗り、「ゴンドラの唄」を口ずさむシーンは記憶に残る。

この「生きる」を東京都庁の全職員に観賞を促した都知事がいた。1967年から3期12年間務めた美濃部亮吉氏である。当時、都庁は有楽町にあり、近くの銀座柳通りにある「文化劇場」という小さな映画館で気流子も職員に紛れて観賞した。

美濃部都政は旧社会党と日本共産党、それに公明党が与党で、あれもこれもの「バラマキ福祉」に陥り、末期には膨大な借金を作って汚職事件が続発した。それで美濃部氏は精神論に頼らざるを得なくなり、「生きる」を薦めた。

思い出すのは職場の机上に共産党機関紙「赤旗」(当時)が溢(あふ)れていたことだ。同党議員と共産労組の突き上げで管理職は購読を余儀なくされ、公費による「赤旗」購入は都と23区合わせて2万部を下らず、購読料は年間数億円にも上った。

これは昔話では決してない。小紙は今、全国の「パワハラ『赤旗』勧誘」の実態を報じているが、共産党が与党ともなれば、勧誘はそれこそ半端ない。政党や政治団体の資金公開が問われる中、機関紙購読料には公開基準がない。東京都知事選挙を前に「もしトラ」ならぬ「もしアカ」が頭をよぎった。

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