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ロシア文学研究者で翻訳家の奈倉有里さんが『ロシア文学の教室』(文春新書)というユニークな作品を上梓(じょうし)した。教師と学生が織り成す授業風景を描き、作家たちの作品を紹介していく。
奈倉さんは研究成果を盛り込むとともに、学生たちの言動を描き、現代の世相を描く。そういう小説なのだ。作者の思いは翻訳と研究だけでは飽き足らなかったようだ。授業が始まるのは2022年春。
既にロシアのウクライナへの軍事侵攻が始まっていた。学生らの関心は現代ロシアにも向けられて、話題に上る。ウクライナ出身の作家ゴーゴリの『ネフスキイ大通り』が課題にされた時、主人公の学生がこの戦争について思う。
「なにか世界のものすごくたくさんの人を巻き込んでいく巨大な渦の発生を見たような恐ろしさと、いますぐなにかをしなくてはいけないような焦り」を実感し、ロシア語の記事をインターネットで追う。
「こんどは、戦争にまつわる一部の言葉がまるで戦争の後押しをしているような気持ちの悪さが込みあげてきて、まずテレビをつけるのが怖くなった」。さらにスマホでニュースを調べる。
「世界のいろいろなところでロシア文学を遺棄したり、教育カリキュラムから外す動きがある」。プーシキンも断罪されていた。そして読み進むと著者は、この戦争に憎しみを増幅させる「怪物」がいることを知る。そして「怪物」こそ戦争のドラマの「作者」だと論じる。いい視点だ。