【上昇気流】(2024年5月18日)

「忖度」と書いて「そんたく」と読む。頻繁に使う言葉ではない。辞書を引いてみると「他人の気持ちを推し量る」とある。もともと、それだけの言葉だった。

ところが昨今、「下位の者が上位者の意向を推し量る」というような意味で使われることが多くなった。辞書にはなかった意味が加わってきた。

言葉が変化するのは自然の話。『源氏物語』(1010年ごろ成立)の時代の話し言葉が今と同じであったはずはない。『源氏』の言語は特に難解だから、受験生であれ誰であれ原文の読解はたやすくない。

下位の者が上位の者の気持ちを推し量るのは、平安時代も現代も普通に行われている。反対に、上の者が下位の者の気持ちを推し量る機会はそれほど多くはない。下が上の意向を知る必要には切実な場合もある。失敗すれば不利な場面が生まれることもあるからだ。だから、上下対等というわけにはなかなかいかない。

「人間は平等」であることは確かだが、実際は「権利の上での平等」という意味合いが大きい(昔は権利の平等さえ十分に保障されていなかったが)。だが、世の中は権利だけで動いているわけではない。平等であろうと、人間は対等とは限らないのだから、多数の下が少数の上に気を使うケースが多いのは仕方がない。

それでも忖度そのものは、要は相手への配慮には違いないのだから「忖度=悪」というものでもない。「忖度も情報収集の手段」と考えればいいのではないか。

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