
近所を散歩していると、江戸時代から祭られている小さな祠(ほこら)のような一角があるのを見かけることがある。
ふだんは会社の行き帰りではあまり周囲に注意を払わないので、そうした施設があることは気が付かないことが多い。
そこにはきちんと掃除をしてあって、時々には酒のワンカップや野草の花などが供えてあったりする。それを見ると、ずっとここを大切に守っていた人がいるのだな、と改めて感じて、いったいどんな人なんだろうと興味を抱く。
だが、ほとんど酒や花を供えている現場に遭遇したことはない。想像すると、かなり高齢な人ではないか、と推測できるが、親から頼まれて守っているケースがあるだろうから、若い人の可能性も否定できない。
東京というと、地方からの人々が集まるので、隣近所の関係が希薄ということをイメージするが、まだ過去の伝統を守っているところが残っている。
それがその町内の祭礼などの時に、ふだんは見かけない近所の古老のような人やずっとこの町に住んでいたような家族が出てきて、談笑しているのを見かける。やはり地元の人は、まだたくさんいるのだろう。江戸から東京に変わっても、人々の心はそう変わらないということなのだろう。
そうしたことを考えると、むしろふるさとの方が過疎化して、小さな神様の居所が無くなっているかもしれない。寂しいけれど、それも現実なのである。
(羽)