【政界一喝】わが国の英霊にも表敬を【コラム】

岸田文雄首相は今月の国賓待遇による訪米の際、歴代首相同様、米国の英霊戦没者を埋葬したアーリントン国立墓地(バージニア州)を訪れ、日米両国歌の演奏の中、無名戦士の墓で献花を行った。

先の第2次世界大戦で戦火を交えた米国からは、特に広島と長崎で原爆を投下され、計二十数万人を我が国は瞬時に失った。

日本の首相として訪問国の英霊に敬意を表することは主要な外交儀礼であるが、昨年5月のG7首脳会議や9月の国連総会で核廃絶や核軍縮を訴えた岸田氏による今回の米国英霊の表敬には含意が一層深かった。

だが帰国後、21日から本日23日にかけ靖国神社が最も重要な祭典として開催している春季例大祭で、岸田首相は従来に引き続き、祭具の真榊(まさかき)を象徴的に奉納するにとどめ参拝を見送っている。わが国の英霊には同様な敬意を示せないのかと、訪米直後に見せた首相の態度の落差に、SNS上では落胆の批判も見られた。

戦前に陸軍省と海軍省の管轄下にあった靖国神社は、第2次世界大戦敗戦後の連合国軍総司令部(GHQ)による占領政策で解体されかけた。だが信教の自由の価値観の尊重や、政教分離の原則を適用することで廃止を免れ、1945年12月15日、「神道指令」によって靖国神社は宗教法人として存続することとなった。

そのことを根拠に、米アーリントン国立墓地も、また同様に安倍晋三元首相や野田佳彦元首相に続いて昨年岸田首相が表敬を行った韓国ソウル顕忠院も国立墓地なのだから、一宗教法人としての靖国神社参拝と同列に論じるべきでないとの指摘もある。

だが問題の本質は、すでに戦後79年目を経過する今日、国民の代表たる首相が英霊を敬うという日本国としてのかたちを、日本の文化尊重の下、どのような制度へと構想し、またそこに実際に段階を踏んで向かっているのか、その一貫性がありやなしやである。

国賓として招聘(しょうへい)され、各国に赴いた首相が儀礼として英霊を敬う際、そこに日本国民が心を共にするためには首相を長として、日本国民にも自国の英霊を心置きなく敬う普段の文化を回復させなければならない。

「戦後レジーム」による外交的、また法的制限から後付けになることは避けられない。だが首相が国民を代表して堂々と、英霊に心から敬意を表する日本国のかたちを、政権は追求していかねばならない。

諸外国に向けて多様性を力説しても、日本のアイデンティティーを他国に理解してもらう努力を忘れ、それでいて米国と「グローバル・パートナー」を語っても、相互に尊重し協力し合う気持ちが国民からは到底出てこない。

むしろ今後、外交儀礼であるとともに、日本の文化と伝統に敬意を表する方法で、日本の英霊を表敬できる国賓を戦略的に探すべきだ。米大統領の次回の国賓による訪日を、まさにそのように実現すべきではないか。(駿馬)

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