【上昇気流】(2024年4月13日)

石川啄木

江戸時代が終わり、明治維新と共に新しい国家が誕生した。そのことを感じさせた一つに、文学における文章語の表現が変わったことも挙げられる。文語文から口語文への移行である。

言葉の表現はその時代の精神文化を象徴していることを考えれば、これは革命と言っていい出来事である。西洋文明の移植による国民国家の形成には、言葉の革命もまた重要な要素だった。

新しい技術を理解するためにも、合理的で実質的な意味を表現する口語の普及は必須条件だった。文学では、二葉亭四迷が小説『浮雲』やロシア文学の翻訳で口語文を試み、それが自然主義文学となって潮流をつくった。そのような流れの中で、日本の伝統的な詩歌も正岡子規らによって写生主義が唱えられた。

そのことで思い出すのは、1987年の歌集『サラダ記念日』でデビューした俵万智さんのこと。その平易な日常的口語の表現は、短歌という詩歌のややとっつきにくいイメージを変えたと言っていい。

以来、誰でも短歌を詠むことに抵抗がなくなったと言えるかもしれない。それとともに、万智さん風の短歌がマンネリ化を招いた面もある。その万智さんの前に口語で一世を風靡(ふうび)したのが、石川啄木である。歌集『一握の砂』は難しい言葉を使わずに心の中の思いをやや感傷的につづっている。

「いのちなき砂のかなしさよ/さらさらと/握れば指のあひだより落つ」。1912年のきょうは啄木が亡くなった日である。

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