「春はあけぼの」(『枕草子』)。空には日の出前の紫がかった雲。北には幾重にも重なる山々。学生の頃に京都で「あけぼの」を実感したのは出町柳(左京区)の橋の上からだった。賀茂川と高野川が合流し鴨川となる場所で、地図で見ればYの字となっている。
これを思い出したのは、小紙と読売の書評欄に国際政治学者として名高かった高坂(こうさか)正堯(まさたか)氏(1934~96年)の名前を見つけたからだ。出町柳から高野川に沿って北へと歩く、気流子の散策コースの小道に高坂氏の自宅があった。庭に草花が咲き誇っていた記憶と共に「あけぼの」が蘇(よみがえ)った。
書評欄に紹介されていたのは、90年代初頭の講演を書籍化した『歴史としての二十世紀』(新潮選書)。懐かしくなって書店で買い求めた。
東西冷戦が終焉(しゅうえん)し、世界はどう動くのか。読売の見出しには「混迷の今響く34年前の声」とあったが(3月17日付)、滑らかな関西弁が聞こえてきそうな講演録である。
その中に「戦後日本は朝日新聞の主張と逆のことをして成功してきた」との発言がある。当時の日米構造協議で高坂氏は米国への譲歩を唱えていたが、朝日までもがそれに同調したので不安になって皮肉交じりにそう述べている。政治的リアリストと呼ばれた、この人らしい反応だろう。
講演の核心は第1次大戦を分析し、戦争の再来に警鐘を鳴らしていたことだ。ご存命であれば今の日本に何を語るだろうか。聞いてみたい気がする。