中村哲医師が遺したもの

中村哲(Wikipediaより)

2019年12月、アフガニスタンで凶弾に倒れた中村哲医師を支えた藤田千代子という看護師がいる。

藤田さんは中村氏と最も長い時間を過ごし、同氏が帰国している間は現地でプロジェクトを指揮し、氏亡き後はペシャワール会支援室長として活動の中心に立っている。

中村氏の素顔を最もよく知る人物であり、一度、話を聞いてみたいと思っていたところ、3月末、川崎市国際交流センターで藤田さんの講演会が催された。会場に着くとすでに長蛇の列、満席だった。

藤田さんはマザーテレサに憧れて看護師を目指したごく普通の女性だ。ただ、研修で中村氏の講演会に参加した時、女性の現地スタッフを募集しているとの話を聞き、即座に手を挙げた。中村氏のことは知らなかったと言うから、その人柄に魅了されたのだろう。

まず3カ月現地に滞在してから決めたらいいと言われ、アフガンに飛び、英語も話せないのに現地になじめたところが、考えるより行動する藤田さんの人間力である。だから、藤田さんの話はほとんどが現地で体験した日常の様子で、中村氏や現地の人々との交流エピソードを明るく淡々と語っていた。

難しい理屈や知識を抜きにして中村医師の生き方、思いに心動かされ、行動した女性である。

中村氏は「観念の戦いは不毛である」と徹底した現地主義を貫き、アフガン人の土木技師を育て、乾いた大地に灌漑(かんがい)によって水を引く「緑の大地計画」により飢餓から65万人もの命を救った。

帰国した時も脳障害を患う息子との時間を犠牲に、全国を講演して飛び回ったという。そして現地では教会ではなく、イスラム教のモスクを建てたと聞いた。

キリストの心をもって為(ため)に生きるとはこういうことか。今、宗教者が見失っている世界を中村哲医師と藤田看護師の歩みを通して教えられる。

(光)

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