「妹に摘草の手を高く上げ」(高野素十)。うららかな日差しの中で、野に草を摘む季節が巡ってきた。外出すると道端でオニタビラコやカラスノエンドウ、ホトケノザなどをよく見掛ける。
東京・渋谷区の音楽スタジオ「アトリエムジカ」で、ピアニスト大井美佳さんのミニトークコンサートが開かれた。この日のテーマは「牧歌の風景」。古代ギリシャでも田園の風景が音楽の題材として歌われたという。
それは芸術の源泉となったが、時代が進んで近代になると、田園は都会に住む人々の理想的な地として、そこでの生活への憧れを歌うようになる。大井さんが選んだ曲は18世紀以降のもので、世界観の変遷を音楽でたどった。
取り上げた作曲家はバッハ、シューベルト、ワーグナー、ドヴォルザーク、ヤナーチェク、バルトーク。西洋には思想史というジャンルがあるが、それを音楽で示してトークで解説する。
有名なシューベルトの「セレナーデ」は、リストの編曲によるもので、愛する人への歌。だがドイツ語の原語の意味は「十字架のキリストの横に立つ母マリア」を暗示しており、「恋」は神聖なものとして歌われたという。
そうした世界観が転換するのはワーグナーからだ。「イゾルデ・愛の死」は調性崩壊のきっかけとなった作品で「牧歌」は消えていく。その後の音楽史は東欧に移り、作風が変わる。曲それぞれが感動を誘ったが、心情の歴史をたどってユニークな音楽会となった。