トップコラム【上昇気流】(2024年3月14日)

【上昇気流】(2024年3月14日)

田沼意次(Wikipediaより)

「プロソポグラフィー」という言葉がある。歴史学研究で使われるもので、ギリシャ語の「プロソーポン」(人物)と「グラフィア」(記述)を組み合わせた造語。特定の人物の個人情報を調べ、その人間関係から出来事を解明する手法だ。

フランスの歴史学者ジャン=クロード・シェネさんは、この手法を使ってビザンツ帝国の権力構造を解明し、画期的な業績を挙げた。その著書『ビザンツ帝国の歴史』(白水社)が日本でも刊行された。

かつてこの帝国は「反乱、暴動、背信の連続」(モンテスキュー)、「キリスト教による蒙昧化政策」(ギボン)と考えられてきたが、今やこの見方は否定され、「輝かしい偉業」と見なければならないと主張する。

新しい手法で生み出された成果だ。これを使って歴史小説を書いた人物がいたことに思い当たった。小紙に連載小説『田沼意次』を書いた故村上元三さんだ。意次の伝記を書くのは不可能と言われていた。

伝記的史料がないからだ。「残されたもの全ては偽り」とは歴史学者、大石慎三郎さんの結論だ。村上さんが使った史料は幕府の残した『寛政重修諸家譜』。これを使って将軍や幕閣重臣など、意次を取り巻いた人物を調査した。

先祖、出自、親兄弟、婚姻関係、官職経歴、地縁、交友など。村上さんはそれらの人間関係を軸に意次の生涯をたどったのだ。プロソポグラフィーという言葉こそ知らなかったが、村上さんはそれを実践していた。

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