ブルーライトの功罪

眼精疲労

小学校高学年の頃、ブルー(青)は憧れの色だった。ポール・モーリア版の日本語歌詞の「恋はみずいろ」をテレビで聞いて、どこまでも青い空と青い海が地平線で溶け合うという、とても印象的な西欧音楽に魅了されたためだ。今と違いインターネットもなく、西欧の情報自体が乏しい中、山に囲まれた田舎育ちの筆者にとっては人生初の“西欧との遭遇”だった。

中学校の2年か3年になって、英語のブルーは、愁いとか陰鬱(いんうつ)の意味があるんだと知らされ、元の歌詞は、自分が思い描いた内容とは全く違う暗い歌だったのかと、がっかりした。本来の歌詞はフランス語で、文字通りの恋の詩だと知ったのは、もっと後になってからだった。

しかし現在は、インターネットの検索エンジンに曲名を入力するだけで、直ちにメロディーや歌詞、日本語訳、曲の由来や歌手の情報などが分かる。疑問があればスマートフォンで、移動しながらでも調べられる。本当に便利な世界になったものだ。

一方で、パソコンやスマホなどの画面を見る時間が若い世代を中心に急激に増えている。もともとテレビ視聴時間が多い50代以上も、目が至近距離でブルーライトに晒(さら)される時間が増え、多くの弊害が生じているという。

筆者も調べ物や仕事にパソコンやスマホ(移動中)を使い、コロナ禍以降はズーム会議も多くなり、ついに目が悲鳴を上げた。夜になると目が乾いたようになり、小さな文字が見えなくなる。仕方なくブルーライトを45%程度カットする眼鏡を掛け、適当に休憩を入れるようにしたら、目がかなり楽になった。

ブルーライトは波長の短い可視光線で人の体内時計を整える働きがあるが、過剰に浴びると心身に悪影響を及ぼすことがあるのだとか。文明の利器は絶えず新しい環境をつくり出すが、人の方もそれに順応する弛(たゆ)まぬ努力が必要だ。

(武)

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