
「ようやくH3が『おぎゃあ』と産声を上げることができた」と、日本の次世代主力ロケット「H3」2号機の打ち上げに成功した直後の記者会見で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の岡田匡史プロジェクトマネジャー。安堵(あんど)感が伝わってきた。
昨年3月の初号機打ち上げ失敗から1年。JAXAのネットライブ中継で、打ち上げから約30分後、予定していた軌道投入に成功したというニュースが流れた時は我ながらほろっときた。
ロケットの歴史で、他国は軍事目的をベースに膨大な予算を使って開発してきたのに対し、日本は戦後始まり、その祖は糸川英夫のペンシルロケット。その後、H2ロケット開発時、製造幹部が「参加するからには勝ちたい」と語っていたのを思い出す。
1994年に完成したH2以降、H2AとH2Bを経て、JAXAと三菱重工業を中心に官民一体となってH3の開発を始めたのは2014年度。国際競争力の向上を目指し、コスト削減や衛星打ち上げの受注からロケット発射までの期間短縮などを実現した。
岡田氏は「H3ロケットでアピールしたいのは『特別な技術』ではありません。日本の強みであるモノ作りの技術や他の産業の優れた技術を活かして、本当に使いやすいロケットを作る。それで世界に打って出たいと考えています」(『危機に立つ日本の科学技術』)と意気込みを語っていた。
世界の衛星打ち上げ市場の競争は激化しているが、シェアを得たい。







